授業~果たして究極の指導法はあるのか?

先日、ある塾の先生と、英語の指導法について話をした。

その先生は、中2の後半からは、教科書の準拠教材は使わないと言う。

学校の定期テスト対策もしないそうだ。

中2の後半からは、長文をどんどん読ませて読解力をつけていく、という授業をしているようだ。


結果をきちんと出しているそうだから、その先生の指導法について、あれこれ議論する必要はないだろう。

要は、指導者が、「自分はこれ!」と信じるやり方を徹底させていけば、それなりの結果は出ると思う。

もちろん、合わない生徒もいるだろう。

誰にでも効果があるというやり方の方が、かえって怪しい。

その塾(先生)の指導法が合わないと思ったら、思い切って転塾する事も必要だ。

塾の方も、生徒にそういう話をしてあげる義務があるだろう。


塾は教育機関なのか?

社会的にその立場が認知されているとは、まだ、言えないだろう。

しかし、実際の現場は、「子供達の居場所そのもの」なのだ。


昨日も今日も、そして明日も、

子供達の顔を思い浮かべながら、究極の指導法を求めて教材の準備をしている。



このブログは、人気ブログランキングに参加しています。

差し支えなければ、ワンクリックと応援をよろしくお願い致します。

"授業~果たして究極の指導法はあるのか?" へのコメントを書く

お名前
ホームページアドレス
コメント

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。