分をわきまえることの難しさ

前々回の記事とダブってしまうが、

哀川翔で思い出したことがある。

勝俣州和の話である。



哀川のことをアニキと呼ぶことなどから、

勝俣も一世風靡セピアのメンバーだったと言われるが、

実際はセピアではなく、

その母体、劇男一世風靡の出身である。


広い括りで言えば同じかもしれないが、

哀川の方は、

「それはガセネタ」

と、完全無視を決め込んでいる。



・・・で、



勝俣が、哀川の誕生パーティに招かれた時の話。

会場に入るなり、

その異様な光景にビビったという。


ズラリ並んだ、スーツにグラサン。

その筋の方々かと勘違いするほど、キマッテる。

そこにポツンと、ハーフパンツ姿の、彼。


違和感・・・


ここはひとつ、場を盛り上げないと・・・


妙に高いバカテンションで、

ひとりハシャギ回る、彼。


違和感・・・



「では、みなさん、ご一緒に~」



かんぱぁ~い!

シャー!



一気に流し込む高級シャンパン。


ぶはっっ


思わず吐き出す、彼。



一同、しぃ~~ん


違和感・・・



あんな奴呼んだの、誰?

哀川、苦笑い・・・



人にはそれぞれ分というものがある。

誰もが哀川になれるわけではない。

私だって、

なれるものなら、

メルギブソンになりたい。

いや、福山雅治でもいい。


でもいい

・・・ってか?



勝俣にしても、

それが、彼なりの自己表現だったのだろう。



分をわきまえる



わかっているようで、

なかなか難しい。

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